CODED NOTES Rev.∞

5月 23 2013
何度も申し上げておりますが、日本は「ポルノが氾濫する後進国」なのではなくて、「二次元と三次元の区別をつけた上で誰にも迷惑をかけずに欲望を充足するマナーある紳士淑女たちの超先進国」なので、日本が世界に倣うんじゃなくて世界が日本を見習うべきなのです。犯罪率とか数字がそれを裏付けてる。

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5月 22 2013
これが昔のインターネットならそろそろ乙武氏をレストランに投げ込む不謹慎ゲームが出てるころだろ

512 リアクション

5月 20 2013
祈っとく。といえば、アメ人に日本であなたのためにお祈りします、ってのはお前は不合格だよバーカって意味って教えたら爆笑してた。polite societyが行き過ぎてディストピアになってるのがSFチックで大変よいのだそうな

35 リアクション

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声に関する逸話

出席を取るときの返事だけで教室が大笑い
卒業式でも声を出すだけで雰囲気ぶち壊し、笑いの渦へ
カツアゲされた時もその声で相手が大笑い、そのスキに逃げることができた
大学では代返ができないため大変だった。
就職活動では声をふざけていると思われて採用は難しかった
レジ打ちのバイトでもお客さんに「レジが喋ってる」と思われていた。
教材の電話営業では、子どもが売ってると思われて売れなかった。
ヘリウムガスを吸っても声は変わらない
音声をプレステ用データに変換しようとしたら異常なノイズが。調べたら人間には聞き取れない高い音を出していた
親も高い声なので、親子げんかでは同じ声で言い争い、どっちがどっちの声だかわからなくなる
めちゃめちゃイケてるに出演した歳も、超音波を出してることが証明される
電話に出たら「お父さんかお母さんいるかな」と言われる
背の低さに関する逸話
就職先では背が低いと雪に埋もれてしまうと思われ、冬を前に退職
おもちゃ売り場では子どもに「おもちゃみたい!」と言われ、逃げられた
銀行ではお客さんに飴やまんじゅうをもらっていた。
30を超えても居酒屋で身分証明書の提示を求められた。
35歳の時に食べ放題へ行き「中学生ですか?」と聞かれた。違うと答えると「小学生ですか?」と言われた。
小学生以下しか乗ってはいけないポニーに、何も言わなくても乗せてもらえた
スキーのレンタルでは、小学生のウェアを借りた
家族では背が高い方
洋式トイレが高すぎで、お尻が挟まってしまった事がある。

声優としての逸話

早口言葉が苦手
決め技のシーンを毎回外す
キャラクター名を言えなくて、台本を書き換えさせた
公式ブログは記事が一個も無いのに、アメーバブログの声優部門ラキングで一位になった
台本の3行目を間違って3回繰り返した(でも、それでOKになってしまった。)

その他の逸話

ボーっとして男子トイレに入る
ボーっとして他人の車に乗り「違います」と言われる。
大学の建築学科を卒業後、製菓会社ブルボンに就職
面接の練習としてアナウンサーの入社試験を受ける
ピサの斜塔を知らず、知ってからも芸術作品だと思っていた。
親に漫画を捨てられた時、ゴミ箱からあさって、臭いがついていたので洗濯機で洗ってから読んだ
生放送中にスタッフに「オンエアーはいつですか?」と聞く
エンディングの曲が流れてないのに聞こえてくる
神主さんに「巫女さんですか?」と聞く
牛の足が20本ある絵を描いてて表彰された事がある。
歯医者に車で行ったの忘れて徒歩で帰宅する
親子喧嘩で玄関の鍵を掛けて親が家に入れないようにする
建築家は図面で1mmでも間違えたら怒られるから、建築科卒業だが建築科にはならない
お金が好きだから銀行に勤める。その後はお菓子の会社で給料を配る仕事をする。
番組で犬の餌を食べ、美味しかったので私生活でも食べるようになる。

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5月 19 2013

132:行政書士(神奈川県):2010/09/12(日) 15:23:54.69 ID:909dxG+EP

日本でスポーツが普及しない最大の理由は、中高の部活にある
中高の部活には「スポーツを楽しむ」という概念がない
野球部なら、紅白戦でも毎日わいわいやればいいものを
とにかくランニング、そして素振り、ノック
試合なんてまずやらない
三年間素振りをするために野球部に入るのかと聞きたい

日本人は中高で
「スポーツ=勝たなければならないもの=必死で練習しなければならないもの」
という認識を埋め込まれる
本当に糞みたいな教育制度だ
そのせいで日本には脳筋があふれている

社会人になってから、例えばうまいこと「ゲームを楽しむ集まり」ができたとしても、
その洗脳から抜け出せてないボケがいるとすぐに
「せっかくだから他のチームに勝てるよう、練習しようよ!」とか言い始める
何がせっかくだからだよ。氏ねよマジで

スポーツってのは、野球で言うなら
自分の打順をどきどきしながら待って、必死にフライを追いかけて、どうにか点差をひっくり返そうとみんなで愉しむことなんだよ
勝つことが楽しいんじゃないの。素振りを延々としてたって面白くないんだよ
その辺ゆっくり理解してもらわないと困るんだよねマジで

日本で、子供でも老人でも、社会人でもスポーツを楽しめる環境を作るのには、大きい体育館も、強いオリンピック選手もいらない
「スポーツは楽しむもの」という認識が必要なんだよ
中高に「ゲームだけを楽しむ部活」が存在する社会が必要不可欠なの

お前らが惚れ惚れするような名文って何? | ニュース2ちゃんねる

これは結構、学校の勉強いや全ての学習に言える。欲しいのは学校のテストでいい成績を取る「結果」だけど、他に何も無いなら勉強がおもしろいなんてほとんどない。テストの結果なんてどうでもいいと思えて、それで勉強の楽しさに気づける。概ねみんなそうだ。楽しかったり好きだったりするしかない。

あとどうでもいいけど村上春樹の文章が文章を紡いでるような書き方は本当に好き

(via alio2)

あと、日本の部活は、フィットネスの基本は「休む」ことにあるってのが全く理解できてない、というのもある。運動能力は休むことでしか向上しない。そこが根本的に分かってない。

(via pdl2h)

2011-10-16 (via gkojax-text)

(katoyuuから)

3,610 リアクション

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吉原 物語の序盤で、雷が鳴り始めると、雷嫌いのお母さんのもとに矢一郎、矢三郎、矢四郎の兄弟が駆けつけるシーンがあるんです。そこを読んだとき、僕はこの作品をやろう、と決めたんです。各キャラクターが割りと普段は勝手にやりたいようにやっているんですけれど、雷が鳴ったときは「母ちゃんが苦手だから」という理由だけでみな母親の元に集まる。どんな家族にも、そういう「よそはどうか知らないけれど、うちではそうすることになっている」っていうことってありますよね。その家族の家族らしい部分を描いているところが、まさにこの小説にリアリティを感じて、おもしろいと思ったところでした。冗談で「もう、アニメはここで最終回にしてしまおうよ」というぐらい(笑)印象的でした。

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こういう正義という旗の下ならどんな暴言も許されると思ってる人達の方が、よっぽど悪意に満ちあふれた糞な人種だと僕は断言できる。

君らの方がよっぽど他者の弱さに不寛容だ。

18 リアクション

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インドと日本の習慣の違い

スシーラ・メノン

父は神様をとても信じている。それで私たち子供には毎日神様のお祈りをさせていた。父が教えてくれたもう一つのことは、お酒というものは世界でいちばん悪いもの。子供のときからそういうふうに考えさせられた私には、世界にあるものを重要さの順に並べたら、神様がいちばん上でお酒がいちばん下になる。そんな私が、あるとき日本へ行くことになった。日本で朝早くお店に行ったら、店のオーナーのおばさんは、開店の時間だったので、食べ物と何か水のようなものをおいてお祈りをしていた。インドでも神様の前に食べ物やお水を置いてお祈りをするので、同じだなと思った。ところが、それはお水じゃなくてお酒だと友だちに言われて、びっくりした。それから日本では神社でもお酒を神様にあげると聞いた。私の頭の中でのいちばん上のものといちばん下のものを日本人はつなげてしまった。それはインドと日本の習慣の違いだ。その違いから、上のものや下のものというのは人間の頭の中にしか存在していないということがわかった。


これはバンガロール大学MAコースの学生の作文である。日本語を教える楽しみのひとつは外国人の作文が読めることで、それによってわれわれはいろいろな蒙を啓かせてもらえる。

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今日、行きつけのお店で同じ店の常連さんに「絵画展になんで絵を見に行くかわからない」と言われました。

曰く、「写真で見たって、ネットで見たって一緒じゃないか。ましてや、それを高い金出して買うなんて、本当にわからない。その辺、絵画好きな人に聞いてみたいので教えてほしい」というわけです。

別に絵画大好きということもないし、絵画を購入したこともない私になんで聞くのかよくわからなかったのですが、相手もまだ若い方だし、あまり真剣に聞くもので、私も真面目に答えたものです。

「絵画には筆致(タッチ)というものがある。長い時間をかけて画家が描き、またそれ以上に長い時間をかけて今に伝わる絵画はまさに生き物。写真では、その生きザマがよく見えない。絵画を見るなら写真で充分だが、絵画を感じようと思えば、やはり生で鑑賞したい。それと、絵画は時の経過と共に価値の下がらない稀な投資物件でもある。所有するステータスと共に、ノブレスオブリージュの意識の高い欧米では、富裕層が絵画を所有し守ることが文化財保護の仕組みにもなっている」というような説明をしました。

一通り説明したはずですが、相手の方は納得しません。

「見ることと満足を感じることは手段と結果で同じ線上だ。絵を見て満足するなら、それがコピーでもいいはずだ。投資というなら、もっといい投資がある。文化財保護っていうが、結局は物欲の結果であって奇麗事だ。やっぱり絵画の現物をありがたがる気持ちがわからない。言葉は悪いが、スノップの言い訳としか思えない」と食い下がります。

私もどこかでおかしいなと思いながら、返答します。

「現実に本物を見ればわかるが、現物と写真とではまったく色の深みが違う。理屈にはしにくいが、存在感と言ってもいい。投資というのは目利きが大切だから、絵が好きな人が絵画を投資の対象にするのは極めて安全な選択でもある。金の使い道を持て余す富裕層の所有欲を利用することで文化財が保護できるシステムは実利的だ。それがどのような動機であれ、現実に絵画は人々にありがたがられる存在に違いない」と説明しつつ、だんだん私が絵画愛好家の代弁者になっていくさまに、いささかアホらしさを感じました。

結局、アホらしいと思った私の方から、「あなたが絵画の価値に納得していなくとも、絵画に価値があることに変わりがない。あなたがわからない価値だからといって、価値がないわけではない。ただ、あなたが価値を見つけられないだけかもしれない。だから、わからないと思う価値に出会ったら、人に聞く前になにがいいのか価値を探してみたらいいと思う。あなたがわからない価値であっても、他の人には大切なものかもしれないので、くれぐれもそれを踏みつけにしないように」と話を切り上げました。

相手の彼は、それでも「私を納得させられない程度の価値に、絶対的な価値があるとは言えない。誰かの価値観を踏みつけにしているつもりはない。ただ、私は私にわからないものが存在したままなのが嫌いだ。そう言わずぜひこのまま議論してほしい」とがんばっていました。もう充分彼の質問の意図が見えた後でしたので、私はそれ以上その話題には乗りませんでした。

こうなっては、「わからないと言う以上は、わかりようがない」

それが彼へのただひとつの答えだと思ったのです。

結局、彼の質問は「○○がわからないから教えてほしい」と言いながら、「○○をありがたがるなんて、気が知れない」と言いたいだけなのでしょう。

「教えてくれ」と言いながら、すでに「んなもん気が知れんわ」という答えは心の中に確固として存在しているのです。ですから、聞かれた方がいくら言葉を尽くして説明しても「なるほど!」という答えが返るはずがありません。

それは、「議論しよう」と持ちかけながら、その実は論争を楽しもうとする姿なのです。

相手が自身の価値観に揺らぎを見せれば、折伏した勝利者としての自らに満足し、相手が言いよどめば、相手に無知の知を知らしめた自らに満足し、相手が激すれば、なお冷静な論理を紡ぐ自らに満足し、相手が降りれば、ゆるぎなき鉄の価値観を持つ自らに満足するというわけです。テーゼとアンチテーゼから昇華したなにかを得ようとする姿を借りながら、相手の答えが曲がらないかぎりは自らの答えをけして曲げる気がない、堂々巡りの価値観の剣闘です。

そんなことを思いながら、「わからない。なぜ?」と聞く前に、本当に自分にその答えを聞く気があるのか、そこを自問自答したいものだとじっと手を見ました。

具体的に話題にした彼には申し訳ないのですが、今年に入ってそういう問答が何度も私の身に降りかかったもので、いい機会と記事にしました。

「いい大人が、アニメやゲームやフィギュアになぜあんなに熱中するものか、わからない」というような、理性の皮を被ったオタク叩きの記事を見るにつけ、私は思います。

「本当はわかってるくせに。そんなことわかりたくもないと思ってるってこと」

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